第26回 今一度ネクタイを考える
2016.12.19
現在私たちが着ている背広の直接の原型が19世紀の中頃に登場する「ラウンジスーツ」であることは、容易に想像できますが、その着装法の起源はどこにあったのでしょうか。専門家の間ではイギリス国王チャールズ二世によって1666年10月7日に出された「衣服改革宣言」であろうというのが一致した見解のようです。
「衣服改革宣言」によればシャツ、ベスト、ジャケット、ズボンそしてネクタイを1セット、つまりシャツに三つ揃えとネクタイを締めることによって、男性の服装が完成することになっています。現代の男性の三つ揃えの着装法の起源は、既に17世紀中ごろには出来上がっていたと言えましょう。
英語でNECKTIE。フランス語でCRAVATE。イタリア語でCRAVATTA。背広が日本に到来した頃は襟紐と呼ばれたネクタイの存在が、最近影が薄くなってきています。
そもそもネクタイの語源ですが、諸説ある中でも、ルイ14世がクロアチア兵の首に巻かれていたスカーフを見て「あれは何か?」と尋ねたところ、勘違いした部下がクロアチア兵を意味する「クラヴァットであります」と答えたところに端を発すると言われているのが一般的なようです。
当時兵士の首に巻かれていたスカーフは、遠征する兵士が無事に帰還することを願って、妻や恋人から贈られたものだと言われています。兵装から始まった首に布を巻くスタイルは20世紀初頭までは男性の装いとして一般的だったようです。19世紀後半にはイギリスでネッククロスの結び目だけが残ったボウタイ(蝶ネクタイ)の原型が誕生し、同じころにフォア イン ハンドと呼ばれる現在のネクタイとほぼ同じ形のネクタイが生まれます。ネクタイの最も基本的な結び方であるプレーン ノットのことをフォア イン ハンドというのはこのことに由来しています。4頭立ての馬車=フォア イン ハンドの御者が首に巻いた細長い布が始まりではないかと言われています。
当時は未だスカーフとネクタイの区別が判然とせず、ウィングカラーのシャツには幅広のスカーフが使われ、糊で固められたハイカラーのシャツには、結び目が小さく収まる幅の狭いネクタイが着用されていたようです。
ネクタイはブレザーに着けられるエンブレムやブラスの釦同様、自らのアイデンティティーの象徴としても使われてきました。自分が所属する連隊の縞柄で作られた、「レジメンタルストライプ タイ」また出身校のマークが入った「クレストタイ」などはその代表格と言えましょう。
駆け足でその起源と歴史を振り返っただけでも、男性のスーツやジャケットと切っても切れないネクタイが、最近なぜかその存在を否定されかねない状況になってきました。犯人は間違いなく「クールビズ」ではないでしょうか。
クールビズの考え方そのものを決して否定するわけではありませんが、その期間中の服装指定に問題があると思います。「蒸し暑い日本の夏だから、たとえ仕事中といえどもネクタイを外しても構いません」というのは結構なことだと思います。しかし、暑くても仕事中はネクタイをして、気持ちを引き締めて仕事をしたいと考える真っ当な考えの人たちに、「ネクタイをしてはいけない」言い換えれば、「キチンとしてはいけない。だらしない恰好をしなさい」という考え方にはどうしても賛同しかねます。
「ネクタイを外すと楽ですね」と言った国民を代表する人物がいましたが、楽をしないで身を引き締めて仕事に取り組んで欲しかったです。
クールビズ期間中、“ノーネクタイのスーツ姿”が基本の会社が多いようですが、冒頭に書きましたように、スーツにはネクタイを締めて装いが完成するのです。言い換えればノーネクタイのスーツ姿は画竜点睛を欠いていることになります。シャツ、ズボン、ジャケットを着てネクタイをしないで許されるのは、ブレザーやスポーツコートにトラウザーズといったセットアップスタイルの時に限ります。カジュアル オケイジョンでの着用となるセットアップスタイルであっても、シャツを変えたり、ジャケットとトラウザーズのコーディネイションを考えたりしなくてはなりません。にもかかわらず、ただいつも着ている背広でネクタイを締めないだけというのは、あまりに貧しい思考としか思えません。あの姿を見るにつけ、不祥事を起こして逮捕されるときのエグゼクティヴ達を連想してしまいます。ちなみに逮捕するときは、自殺防止にネクタイとベルトを取り上げるのだそうです。
それではノーネクタイでも失礼にならないセットアップスタイルはどうなのか?このスタイルが禁止されている会社が多いと聞きます。理由は「カジュアルスタイルだから」ということらしいです。いったい日本の服装文化というのはどうなっているのでしょうか。
ただでさえ良くコーディネイトされたネクタイを正しく、美しく締めている人にお目に掛かることはまれなのに、このままでは日本からネクタイの文化はなくなってしまうのではないかと気がかりです。タイドアップのセットアップスタイルでランクアップのお洒落を楽しんでいただきたいと思います。
セットアップスタイルにネクタイをなさる場合、やはりスーツ用のネクタイをそのまま流用すればいい、というほど簡単ではありません。例えば、スーツにコーディネイトする濃紺や黒の小紋柄のプリントタイは、最もオーソドックスでしかもドレッシー、どのようなオケイジョンに締めても失敗しない万能タイと言われていますが、セットアップ スタイルではNGです。
ではセットアップ スタイルにはどのようなネクタイを締めればいいのでしょうか。春夏ならば麻やコットン素材のタイがお勧めです。初代の007はスーツに締めていましたが、ニットタイなども涼しげで良いでしょう。秋冬用にはウールやカシミア素材を使用した温かい感じのタイがぴったりです。またシルクであっても、プリントではなくジャカードや、ロウシルクであれば、色柄次第では年間を通して締められます。いずれのシーズン用もセットアップスタイルということを考えれば、あまり細かい柄ではなくやや大き目なペイズリーや水玉模様、ちょっと太めの縞柄などが良いでしょう。勿論ソリッドカラーのネクタイはどのようなジャケットにもコーディネイトが可能です。春夏には紺やブルーと言った寒色系を。秋冬には黄色や茶の暖色系やワインカラーがお勧めです。ブレザー スタイルには縞模様やクレスト柄のタイがマッチしているように見えますが、このスタイルはあくまでもユニフォームの真似事であるということを十分に理解しておく必要があります。
1960年代、アイヴィースタイル全盛期に、アメリカの連隊を識別する縞柄を模倣した“レジメンタル ストライプ”のネクタイが大流行しました。そんなレジメンタル ストライプのタイを締めてアメリカに行った日本人が、「お前は何処の連隊所属だ。その縞は見たことがない」と聞かれて困った、という話を聞かされたことがあります。クレストタイも同様に出身校の校章が刺繍されていたのが始まりですから、「どこの学校の校章だ」と聞かれるかもしれません。
ところでネクタイの縞柄にイギリス式とアメリカ式があるのをご存知でしょうか。縞が右上から左下に流れているのがイギリス式、逆に左上から右下に向かっているのがアメリカ式です。勿論例外があることをご承知おき頂きたいと思います。
中高年者が使用しているのを時々見かける、細い紐状の物を丸い七宝焼きか何かの留め金に通してネクタイ代わりにする“ループタイ”と称する代物ですが、あれだけは是非やめていただきたいと思います。
最近復活の兆しがあるのがボウタイ(蝶ネクタイ)です。そもそもフォアインハンドが登場する前に既にネックウェアーとして存在したものです。スーツスタイル、セットアップスタイル関係なしにもっと一般的になって欲しいと思っていますが、なぜか日本では特殊な物と思われがちです。ボウタイ愛好者として有名なのは、元英国首相のウィンストン・チャーチルや007の原作者イアン・フレミングなどがすぐに思い出されますが、欧米では学者や研究者といった固い職業の人々に愛好者が多いのも、ちょっと不思議な傾向です。なかなかスーツに蝶ネクタイは抵抗があって締められないという向きには、思い切ってセットアップスタイルの時に締めてみてはいかがでしょうか。一味違ったレベルアップのお洒落が味わえます。ただし蝶ネクタイは是非ご自分で結んで頂きたいと思います。僅かな練習ですぐに結べるようになるものです。くれぐれも結び目が出来上がっていて、フックで止めるようになっているものはお止めいただきたいと思います。
結ぶということに関連して、ネクタイの結び方に関して少し触れたいと思います。
手元の資料によれば、現在85種類ものネクタイの結び方があるそうですが、その中で一般的な結び方は5種類程度と言えましょう。フォアインハンド:いわゆるプレーンノット、セミウィンザーノット、ウィンザーノット、ダブルノットが2種類の合計5種類です。勿論数値で示されるわけではありません、根拠は感性によるもので好き嫌いがあるでしょうから、一概に何が正しくて、何が間違っているとかは言えませんが、それにしても世の中でネクタイをきちんと結んでいる人が少ないのには、驚くばかりです。
かつて若いオリンピック選手の服装が乱れているからという理由で、厳重注意されたことがありましたが、私の感覚ではいい年をして彼よりだらしない大人は沢山います。彼の場合は、確かにユニフォームを着崩したという面では大いに問題はありますが、その専門とするスポーツの性質から、また年齢的にもあれはあれでファッションとして許容範囲ではなかったでしょうか。しかし良い大人が、なんできちんとネクタイを締められないのか?そちらの方が余程問題なのではないでしょうか。世間的にはそれなりの地位に居るにもかかわらず、絶望的な男性が多すぎるような気がします。毎日ネクタイを締めて生活しているくせに、なぜちゃんと締められないのか。人前に出してはいけないような結び目を平気でさらけ出している神経が私にはわかりません。少しネクタイの結び目について考えてみたいと思います。
先ず大切なことはノット(結び目)がシャツの襟腰が見えないように一番上迄きちんと上がっていなくてはなりません。この時シャツの第一釦を掛けていなければならないのは申すまでもありません。ノットは緩めの結び方ですとだらしなく見えますので、やはりきつめにしっかり締めるべきでしょう。左右対称の結び目が希望ならば、ウィンザーノットかセミウィンザーノットがお勧めです。ただしネクタイの厚みによってはノットが大きくなりすぎるので、要注意です。プレーンノット(フォア イン ハンド)やダブルノットの場合、左右非対称になるので自然なカジュアル感を醸し出すことができます。この場合もタイの素材によってノットの大きさが変化しますので、使い分けが必要です。
最後に皆さん良く耳にされるディンプルについて。ディンプル(DIMPLE)とは、えくぼ、くぼみという意味ですが、その名の通り、タイの結び目に出来るくぼみのことです。好きずきもあろうかと思いますが、ワンランク上のお洒落のためには是非とも作っていただきたいと思います。ディンプルもちょっとした練習と工夫で簡単に作れるようになります。慣れてくるとディンプルの形も工夫して個性あるものが作れるようになりますので、楽しんでいただきたいと思います。
ネクタイは確かに窮屈な物かもしれません。しかしネクタイを締めることによって精神が引き締まり、スーツの時なら臨戦態勢に、セットアップスタイルの時は一味違ったお洒落をしている満足感に浸れること間違いありません。ネクタイを嫌うだけでなく、楽しく上手に利用していただきたいと思います。