Hints & Tips
正しいお手入れと保管方法
(1)スーツの手入れと保管
「高橋さん。いつもバリッとしているけど、あなた自分だけ特別な仕立の洋服着ているんじゃないの」 よくお客様が冗談とも本気ともとれる表情でおっしゃいます。決して私だけが特別の服地を使用して、特別の仕立の服を着ているわけではありません。きわめてあたりまえの服地を、お客様にお納めするものとまったく同じように仕立てた服を着ているだけなのですが、もし決定的な一般の方との違いがあるとすれば、それは「手入れと保管方法」だと思います。
洋服は正しいお手入れと着用方法、そしてシーズンオフの保管方法次第で寿命はグッと長くなります。どうか面倒臭いと考えずに、こまめにお手入れをなさっていただきたいと存じます。 手入れの基本は、「ブラッシングと休養、そしてプレス」につきます。 着用した洋服は帰宅したらまず“ブラッシング”でホコリをよく払い落としてください。
使用するブラシは服地のために上等な“箒ブラシ”をお薦めいたします。獣毛のブラシは静電気が発生しやすいため当店ではお勧めしておりません。もし雨で洋服が湿っている場合は、じゅうぶんに乾燥させてからブラッシングしてください。また、湿った泥ハネなども完全に乾いてからブラシで擦れば、たいていのものは落とすことができます。湿っているあいだに擦ると、服地の織り目に入り込んでしまい落とすことができなくなってしまいますので、あわてて触らないようにしましょう。
ブラッシングが終わった洋服は、風通しのよい場所で陰干しをして汗などによる湿気を乾かしたら、数日間は休養させます。“着たきり雀”は洋服の寿命を短くしてしまいます。ご自分のワードローブをうまくローテイションさせて、連続着用を避けるようにしてください
そして、ズボンの折り目がなんとなくシャープでなくなってきたり、上着がなんとなくヨタってきたりしたら、プレスが必要なタイミングです。私の洋服が特別なものにみえるとすれば、圧倒的にプレスの回数が多いのだけが理由といえましょう。そしてこのプレスこそが洋服にとってもっとも大切なケアーなのです。
(2)プレスの4つの注意
プレスの方法をご説明いたします。
まず、プレスするにあたって大切な注意点です。
◆焦がさないこと。
そんなこと当たり前‥‥と思われるでしょうが、洋服のプレスはアイロンの温度を最高にして使用しますので、チョットした不注意で焦がしてしまいます。十分注意してください。
◆蒸気アイロンでスティームを与え、ドライにして乾燥させる作業を繰り返す。
‥‥のですが、この時水分が完全に乾き切るまで、十分な時間アイロンを乗せておくこと。湿気が残ったままでアイロンをはなすと、ピチッとセットされないため、ズボンの折り目がシャープにつかなかったり、縫い目がきっちりプレスできなかったりします。そして乾き切っていない生地はまたすぐにシワになってしまうので、蒸気をあたえた布は必ず完全に乾くまでアイロンを乗せておいてください。
◆せっかくプレスしたところをシワにしないこと。
洋服全体をプレスしていると、よほど注意して作業をすすめないと、プレスし終わった部分をシワにしてしまいがちです。
プレス中の服地は特にシワになりやすいので、十分注意してください。
◆プレスが終わった洋服は、少なくとも3〜4時間は放置して冷ましてください。
プレスが終わったばかりの洋服は、熱と湿気でシワになりやすいものです。完全に冷えて乾燥するまで着用しないようにしてください。
したがって、外出直前のプレスは間違った方法です。是非あらためていただきたいと思います。
すべてわかりきったことばかりのようですが、実際に作業を進めてゆくと、大変重要なポイントであることに気づかれることと思います。
(3)道具について
洋服のプレスをするときは私達専門家でも道具がなければ作業ができません。
ご家庭ですべての道具を取り揃える必要はないと思いますが、以下にまとめておきます。
◆ドライ・スティームの切り替えができるアイロン。
常に「高」で使用します。前述の通り、最初に蒸気を与え、途中からドライに切り替えて完全に水分が乾き切るまでアイロンを乗せておくように作業してください。
◆コテ布。90cm×70cm程度の厚手の晒木綿。
使用する部分によって、二つ折りあるいは四つ折りにして服地に乗せて、その上からアイロンを掛けます。
コテずれ(テカリ)を防いだり、焦がしたりしてしまう事故から洋服を守ります。(もちろん完全ではありません)
◆アイロン台代わりに使用する60cm×90cmくらいの大きさの厚目の板。
厚さ9mm程度のベニヤ板がいいでしょう。その上にウール100%の毛布や、厚手の木綿布(敷布 シキヌノと呼んでいます)を敷いて使用します。
市販のアイロン台では柔らかすぎてズボンの折り目がセットできません。もちろん普通のテーブルでも代用できますが、熱で塗装や素材にダメージを与えてしまう可能性がありますのでご注意ください。
◆各種仕上げウマ
①仕上げウマ/②袖ウマ/③鉄万/④まん十
(4)ズボンのプレス手順
STEP 1
最もシワになる小股(また)の部分から開始。
股の部分を開く形で鉄万にのせ、縫い目の部分とその周囲のシワになった部分にコテ布をあててプレス。
STEP 2
股上のプリーツの部分を整え、鉄万の上に平らにのせてプレス。
STEP 3
着用しているとふくらんでくるポケットの入り口。
プリーツと同じように整えて、鉄万の上にのせてプレス。
この際、尻ポケットの袋布はアイロンの下にならないようよけておく。
STEP 4
広いヒップの部分は、左右数回に分け順に鉄万の上に広げてプレス。
STEP 5
ひざが丸く飛び出しているようなら、裏返して板の上で直接その部分をプレスして平らにする。
STEP 6
ズボン中央の折り目で正確に折り、板に平らに置く。右利きならウエストが左側に来るようにすると作業しやすい。
上になった側をめくって、下側からプレスをする。
STEP 7
折り目を片側ずつ、すそから上へアイロン一つ分ずつずらしながらプレスしていく。前が終わったら後ろも。
線は股下の延長の上2センチぐらいまで付ける。
STEP 8
ヒップの部分にかけては、前身ごろ側に鉄万を置き、ぐっと引っ張り上げるように生地を伸ばしてからかけると、立体的に仕上がる。
上下を逆にして反対側もプレス。
STEP 10
プレス後は、折らずにすそからつって熱を冷ます。
※上記の写真では、わかりやすくするためにコテ布をあてておりません。
本来は右のように、必ずコテ布をあててプレスしてください。
(5)ジャケットのプレス手順
STEP 1
袖を細い仕上げ馬に通し、縫い目を上にしてプレス(袖の内側になる部分)。
縫い目のない側を上にしてシワのある部分をプレス(袖の外側部分)。
STEP 2
袖の部分を鉄万にかけ、袖の前側をプレスしたあとで袖の付け根の縫い目を鉄万のカーブに合わせてプレス。
STEP 3
肩の上の縫い目を鉄万の上にのせプレスする。
反対側の袖も(1)(2)(3)の順でプレスする。
STEP 4
仕上げ馬の上に背中心をのせて、アイロンを少しずつずらして縫い目をプレス。
STEP 5
板の上に、ボタンホールのある方の前身ごろを広げて平らに置き、前端をすその方から襟に順にプレス。
襟の部分はおこして、下から半分くらいまでかける。
STEP 6
前身ごろを裏返し、襟にある縫い目線のあたりから第1ボタンホールの辺りに掛けて、前端をプレス。
こうすると襟の先が浮いたようになり、格好が良い。
STEP 7
ボタンのある側を(5)(6)の手順でプレス。
※上記の写真では、わかりやすくするためにコテ布をあてておりません。
本来は右のように、必ずコテ布をあててプレスしてください。
(6)保管方法
さて、シーズンが終わって次のシーズンまでの期間の保管方法です。
1. クリーニングは極力避ける。
着用回数が少なく、日頃のブラッシングや休養が行き届いて、汗や汚れ、食べこぼし等によるシミがない洋服に関しては、できる限りクリーニングをしないでいただきたいと思います。洗剤が改良され、服地に対するダメージを与える危険性が少なくなったとはいうものの、クリーニングは型崩れの原因になります。また、クリーニング店によっては洗濯後のプレスが決して十分ではない場合があります。是非クリーニングは必要最低限の回数にとどめていただきたいと思います。
ただし、汗をかいた洋服や食べこぼしによるシミがついている服に関しては、放置しておくと汗ジミや虫食いの原因になります。シーズン終わりには必ずクリーニングにお出しください。酷い汗をかいたり、食品による大きな油シミをつけてしまったような場合は、すみやかにクリーニングに出さなくてはならない場合もあります。状況によってご判断ください。
2. クリーニングが必要な場合はシーズンが終わったらすぐに出す。
次のシーズンの着用直前にクリーニングをする方がいらっしゃいますが、汚れやしみが落ちなくなったり、虫食いの原因になります。シーズンが終わったら速やかにクリーニングに出してください。
3. ビニール袋やポリ袋に入ってクリーニングからかえってきた洋服は必ず袋から出す。
ビニールやポリの袋は通気性が悪いので、カビの原因になります。また、せっかくクリーニングをしても、静電気によってホコリを呼び寄せてしまいます。できれば木綿などの天然素材でできたホコリ避けのカヴァーで覆い(古いワイシャツやTシャツなどが有効です)、できるだけ肩の部分に厚味のあるハンガーに掛けて、防虫剤と共に湿気の少ないところで保管するようにしてください。洋服は立体的に作られているものです。折りたたんで箱での保管はしないようにしてください。
4. シーズンがきて着用する前には必ずプレスをしてから着用する。
ハンガーに掛かったまま数ヶ月経過してしまった洋服は、必ず吊るしジワがついてしまっているものです。天然素材で作られた洋服は、どんなにうまく仕立てられた洋服でも、着用すれば必ず着ジワが発生します。ですからある程度の着ジワは避けようがないもので、むしろ着ジワがあることによって洋服に自然な雰囲気が生まれ、身体に馴染んだ美しささえ感じられるものなのです。
しかし吊るしジワはまったく別物で、クリーニングから戻り、シーズンオフの間ハンガーに掛けられていた服をそのまま着用すると、着用することによって発生するのとはまったく異なったシワが洋服に現れ、手入れが行き届いていないのがすぐにわかってしまい見苦しいものです。是非シーズン最初に着用する前には必ずプレスをする習慣を身に付けていただきたいと思います。
以上のようなお手入れと着装法、そして保管の方法を守っていただければ、洋服の見ばえは圧倒的によくなり、また寿命も劇的に長くなることでしょう。
動物でも植物でも純血種であったり温室育ちの特殊な種類であったりすると、病気にかかりやすかったりケアーに手間がかかったりするものです。そのかわりに手間暇掛けて大切に育ててやれば、美しい毛並みを楽しむことができたり、特殊な能力を発揮したり、特別に美しい花を咲かせたりしてくれるわけです。洋服にも同じことが言えましょう。よい素材で丁寧に、細かい工夫が施されて仕立てられた洋服ほど手入れは大変になりますが、きちんと手入れさえすれば、驚くほど長い間、素晴らしい着心地をお楽しみいただけるはずでございます。
どうか、せっかくの洋服には愛情を持って手間をかけてやっていただきたいと存じます。