第1回 『ルイージ・ガッロ氏』
2012.09.04
此の度、私の二男「翔」がイタリアより帰国し、私の下で一緒に仕事を始めることに成りました。
2007年に慶應義塾大学を卒業し、2年間弊社のアトリエで裁縫の基礎を習得させたのち、ローマのルイージ・ガッロ氏の下でまる3年間修業をさせておりました。ルイージ・ガッロ氏は長年“ヨーロッパ オートクチュール会議所 (CAMERA EUROPEA DELL’ALTA SARTOLIA)”の会長を務めるイタリア注文服業界の重鎮であり、かつては国立仕立服学会(アッカデミア・サルトーリ)が主催する「金の鋏賞」(FORBICI D’ORO=フォルビチ・ドーロ賞)の審査委員長も務めていたマエストロです。現在、駐イタリア日本大使館にほど近い、ローマでも有数の官庁街の一角で、自らの注文紳士服店を経営する傍ら、若手縫製技術者育成のためのクチュール専門学校を主宰しています。
翔は、授業がある午前中は、(正確には9:30~13:30 月曜日~金曜日の週5日)専門学校ただ一人の外国人生徒として、イタリア式の縫製、裁断を基礎から学びながら、午後はガッロ氏のアトリエで仕事の手伝いをさせてもらうという恵まれた環境を与えられました。お蔭様でガッロ氏から厚い信頼と、高い評価を得て帰国致しました。
現在職人の国イタリアに於いてさえ、若手縫製技術者不足が大きな問題となっています。このままでは注文紳士服=サルトリア・イタリアーナは後継者不足で絶滅してしまうと言われるほど深刻な状況です。しかし最近では仕立屋の職人を目指す若者の数は、少しずつではありますが回復傾向にあるとも言われており、その育成が急務でした。このような危機的状況にも拘らず、かつてはアッカデミアが開講していた職人育成のための専門学校の水準が著しく低下してしまっていたため(ガッロ氏談)、窮状回復を目指して2007年ガッロ氏が中心となって、ヨーロッパ オートクチュール会議所が専門学校を開設することになりました。
実は私自身も全く同様の危機感から2003年に縫製教室を開設したのですが、ちょうどガッロ氏が開設準備をしているころ知己を得ることができ、翔の留学が実現したという経緯です。
高橋洋服店の洋服は「ブリティッシュですか?イタリアンではないですよね。」しばしば尋ねられる質問です。そのたびに私はこうお答えしています。「ブリティッシュでもイタリアンでもありません。“高橋の洋服”です。」
私はロンドンで洋服の勉強をしてきました。だからと言って私が作る服がブリティッシュ・スタイルだとは思ってはいません。翔はローマで洋服作りを修業して帰国しました。しかし、彼もイタリアン・スタイルがベストだとは思っていません。第一、ブリティッシュとイタリアンにどれほどの違いがあるのでしょうか? 仮に洋服に違いがあるとすれば、ブリティッシュであるとか、イタリアンであるとかの違いではなく“いい洋服”と“悪い洋服”と言う違いがあるだけだと思っています。