銀座 高橋洋服店

Essay

第7回 ハウス・スタイルを楽しむ

2013.05.10

「高橋洋服店さんの洋服は英国調ですよね。イタリアンじゃありませんよね」
ここ数年お客様からよくいただく質問です。「高橋さんはロンドンに留学されたのに、息子さんはローマですか。最近はやはりイタリア調が流行っているからですか」「これからは高橋洋服店の洋服もイタリア調になるんですか」翔が店頭に立つようになってから、しばしば話題に上ります。その度に「私どもがお作りする服は、ブリティッシュでもイタリアンでもありません。高橋の洋服です」とお応えしています。

実際に英国で仕立てられた服は、多分日本人のお客様にはタイト過ぎて窮屈、しかも重くて堅いと感じられてしまうと思います。また、今一般的にイタリアンといわれる服の多くはナポリ・スタイルとでもいうべきものですが、中でもかなりエキセントリックなスタイルが広まっていて、あれをもってしてイタリアンと定義するのは間違いだと思います。

ヨーロッパの注文洋服店にはそれぞれ確立されたその店独特のスタイル、つまり“ハウス・スタイル”があって、一括りに“ブリティッシュ”或いは“イタリアン”と表現することには無理があります。ただ長年日本の注文洋服店が取り入れている縫製方法が、どちらかといえば“英国式”であることなどから“老舗注文服店は英国式”“若手の注文服店はイタリアン”と思われがちなのでしょう。

私の仲良くしているナポリの有名なサルト(テーラー)が作る洋服は、一見サヴィル・ロウの洋服と区別がつかない出来上がりです。もちろん縫製や着装感にはそれなりの違いはありますが、巷で言われる“イタリアン”とは別物です。そして何といっても英国でもイタリアでもそれぞれの注文洋服店が、流行に左右されることのないハウス・スタイルを何十年間も守り抜いていることに驚かされます。彼らには、ファッションもトレンドも関係ないのです。洋服店のチーフ・カッターであるオーナー(店主)が、いかに自分が理想とする洋服を作れるかどうかだけが問題なのです。そこにあるのはただ自らが考える「理想の洋服」と「そうでない洋服」の区別だけなのです。

サヴィル・ロウのテーラーでもナポリやローマのサルトリアに行っても、「ああして欲しい、こうして欲しい」という注文はほとんど聞き入れてもらえません。「こんな場合に着る洋服が欲しい」と伝えると、「では此の柄、この素材の生地にしなさい」と言われて、後は採寸して終わり。外見のディテールや服のユトリはそこの店に一切任せするほかはありません。

一方日本の注文服はといえば、お客様はハナから自分が作って欲しいディテールの服が出来上がると思っていらっしゃるので、微に入り細に亘って注文される場合が多いように感じます。名門と呼ばれるテーラーになればなるほどそれぞれのハウス・スタイルを持っていて、バランスを考えての服作りをしているはずです。そこに唐突に細かい注文をすると、結局全体のバランスが崩れてしまいおかしな服が出来上がってしまうことになり兼ねません。特に注文服ビギナーのお客様ほど、情報誌の情報をたくさん持って注文される場合が多く、失敗の確率が高いと言えましょう。

一端の責任はご注文をいただく洋服店側にもあるのです。お客様のご注文はなんでもお受けします、というスタンスでいないと、御用がいただけないのではないか、と言う弱気なところがあるのではないでしょうか。もう少し自信を持たなくてはいけないと思います。

「注文服なのだから、できる限りはお客様のご希望に添うべく努力をしなさい。但し、その中で“高橋の服としてのアイデンティティーだけは失わないように」これはいつもスタッフに言っている、私共の基本的な考え方です。

もう時効なので最後に先代から聞いたエピソードをお聞かせします。

1960年代の初めの話です。私共の古い古いお客様が英国に転勤になられました。或るときかのヘンリー・プールへ洋服のご注文に行かれました。そこで私共の洋服を見せて、「これと同じような洋服を作って欲しい」と言ったところ「そこの洋服屋へ行きなさい」と断られたそうです。

物づくりに携わる人間として、この位の見識を持ちたいものです。

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