銀座 高橋洋服店

Essay

第14回 皺の話

2014.06.09

「この生地皺になりやすいですか?」洋服のご注文をいただく際に、もっとも頻繁に訊かれる質問です。それほどお客様方は皺に関して敏感になっていらっしゃいますが、私共洋服屋の考え方は、ちょっと違います。服は鉄板で作られているものではありません。布で作られている物である以上、ある程度皺になるのは避けられません。特に高級素材になればなるほど、柔らかく肌触りが良くなる代わりに、皺にもなりやすく耐久性も低くなってきます。それほど皺を嫌うのならば、化学繊維100%の素材を着る以外はありません。

問題は、その皺の種類と程度なのです。今回は在っても良い皺と在ってはいけない皺(いわゆる欠陥)についての話です。

在ってはいけない皺、つまり欠陥として現れる皺の大きな原因は、1) 服が体型に合っていない。2) 縫製技術が良くない。3) 手入れが行き届いていない。などが考えられます。

原因1) に関しては全く洋服屋の責任であり、生地に原因が由来するものではありません。たとえば体型補正が適正に施されていないため、着用した時に洋服に現れる大きな波のような皺等が考えられます。原因2) で現れる皺は、縫製技術が劣悪なため、縫い目がピリついているといった欠陥です。これも洋服屋の縫製技術が優れていれば現れない筈の皺ですから、本来は在ってはいけない皺なのです。但し原因3) の手入れの良し悪しと微妙に関連しており、在っても良い皺、つまりそれほど気にしてはいけない皺とも関係が深いので、今回はこのあたりのお話しをさせていただきます。

小学生の時理科の実験で、髪の毛を使って乾湿計を作った記憶がおありのことと思います。湿気が多いと髪の毛は伸びる。湿気が少ないと髪の毛は縮むという性格を利用した実験でした。

私達日本人は、長年障子に慣れ親しんきていますので、梅雨時になると障子がブクブクしてきても、天気になれば治ることを承知しています。誰も経師屋さんに「障子の貼り方が悪い」と文句は言いません。実は洋服の仕立にも全く同じことが起こっているのです。

羊毛つまり羊の毛も、人間の頭髪と全く同じように“湿気が多い時には伸びる”のです。従ってプレスが効いていて乾燥している時にはピシッとしている縫い目も、湿気の多い時に放置すればブクブクになってきます。必ずしも湿気が多くない場合でも、着用者が発する僅かな水蒸気つまり発汗作用によって、次第に縫い目はブクついてきてしまいます。ピシッとアイロンでプレスをすれば、元通りに直ります。原因は羊毛の性質なので避けがたいのです。しかし多くの場合“未熟な縫製技術”としてお客様からお叱りを受けることになります。

この現象は、細い高級な原毛を使用して織り上げられた薄手の服地ほど顕著に表れます。つまり、必ずしも正確な表現ではありませんが、スーパー80’s の服地よりもスーパー150’s の服地の方が、より顕著にピリつきが発生し易いので、よりお手入れが大変になるわけです。ここで、この皺は未熟な縫製技術によるものなのか、手入れの不行き届きが原因なのか、という微妙な関係が発生するわけです。アイロンプレスをしっかりして治れば裁縫に問題はありません。洋服の管理・手入れに問題がある、ということになりましょう。

そして手入れ不足が原因で発生する在ってはいけない皺のもう一つが、いわゆる「しまい皺」です。クリーニングから出来上がってきた服を、シーズンオフの間長期間ハンガーに掛けたままにしておき、シーズンが来たからといってそれを引っ張り出してきて、プレスも何もせずに着てしまう。これは誠にみっともないものですので、是非改めていただきたいと思います。シーズンが来て着用する前には、必ずプレスをする習慣をつけていただきたいものです。序ながら、クリーニングの札(番号などが書かれている紙テープ)等が付いたまま、というのに至っては論外です。

お客様がご注文の時にお訊きになる「この生地皺になりますか」と言う質問は、多分着用していて「“着皺”が発生しやすいですか」と言うことだと理解しています。しかしこの着皺ですが、もちろん程度にもよりますが、余り気になさらない方がよろしいかと思います。冒頭にも書きましたが、高級素材になるほど、肌触りも良く柔らかくもなりますので、それだけ皺になりやすいのは避けられないことなのです。ただそれをどの程度お手入れでカバーするかが問題なので、ある程度の皺は気にされないほうがよろしいのではないでしょうか。とにかく軽く、柔らかい洋服が好まれる昨今、芯も軽く柔らかく、表地も軽く柔らかいもので作られた洋服は、鉄板で出来た鎧ではありませんから、ある程度の皺は避けがたく、また皺の存在が洋服を自然にみせるのです。それほど皺が嫌ならば、100%合成繊維の服をお召しになることです。自然な皺こそ高級素材、そして手仕事の証なのです。

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